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2006年1月

鬼の宿

確かに確かに、幼い頃には、節分の夜になるとあちこちの家から、「鬼は外、福は内」の声がしていました。今は、あまり聞きませんね。幼稚園なんかでは、必ずお面を作って豆まきをしましたよね。

で、「鬼」ときくと、わたしはどうしても浜田広介の「泣いた赤鬼」を思い出してしまいます。これはあらすじを言うまでもないでしょう。幼い時には、「鬼さんの中にも、こんな優しい心を持った鬼さんがいるんだなぁ」と思い、「鬼だから退治する」と言って鬼さんを叩いた村の人たちを悲しく思いました。節分の豆も、痛いかも。そんなことを思っていたら、ある時、節分の夜に追い出された鬼たちをかくまう「鬼の宿」なるものがあるということをききました。もう、ずいぶん前の記憶なので、それがどんなものでどこにあるのか知らないのですが、節分の夜にも、優しい心の人がいるんだなぁと思った次第です。
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(1/30のお題)鬼は外、福は内!

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金、金、金・・・

と、最近ニュースをにぎわせているのがお金の話。人々のコメントを見ても、ああ、なんて、貧しい人たちなんだろう・・・。と思わざるを得ません。

お金は確かに必要なものだけれど、お金は使うものであって、お金によって人が踊らされるものでも、人はお金に支配されるものでもないはず。

そんなことを考えていたら、ある高校生のことを思い出しました。もう10年近く前のことです。彼女の家は、ごくごく普通の家庭でした。ある夏休みのこと、教会の高校生たちが、近く開かれる修養会の打ち合わせをした後、
「○○ちゃんのとこに、お昼食べに行こか。」
彼女は、教会の近くの中華系のファミレスでバイトをしていたのです。
「へぇ、バイトしてるんだ。」

ところが、聞いてびっくり。彼女のバイト料はほとんど学用品や、高校の教材費に消えていくというのです。
「親は払ってくれないの。」
「授業料はね。だけど、後は全部自分持ちやねん。」
なんと、お小遣いもバイトから出ているとのこと。別に親の収入が少ない訳ではないのです。高校生になったのだから、働くということも勉強のうち、というお父さんの方針なんだそうです。立ち仕事をして得たバイト料は、時給数百円だけれど、パソコンの前に座って、ワンクリックで数百万、数億円のお金を動かしているよりは、彼女にとってずっと価値の高いものではなかったか、と思うのです。

お金よりも大切な物。それは、私たちがなんのために生きているのか。誰から命を得ているのかではないかな。

ルカによる福音書19章の記事(ザアカイさんのお話です)を読み直してみたいと思いました。

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お魚を無駄なく食べる

お魚料理の好きな私です。時々、近くのスーパーで、新鮮な、しかもお手頃価格の魚が売られるのが楽しみです。が、尾ひれの付いた一匹もの。以前は、料理した時に出るあらを、ビニール袋に入れ、冷凍庫に保存。ゴミの日に出していました。

ああ、なんてもったいないことしていたのでしょうか。

ある日、回転寿司で「あら汁」なる美味しいものを知りました。あっ、そうか。漁師さんたちは、こうしてお魚を無駄なく食べていたんだ。何で気づかなかったんだろう。

という訳で、今では一匹ものの魚を買うと二枚におろし、落としたあらはあら汁にしています。この季節、旬の冬野菜と一緒に作ると両方の素材からとても美味しい出しが取れます。さらに、あら汁にすると、残るのは内臓と骨だけ。出すゴミの量もグンと少なくなるという具合です。

皆さんも、お試しあれ。

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